陸上部の部室に近寄らなくなって、久しい。  ま、籍はまだあるようだけれど、今さら自分を必要とする人は居ないのだし。  季里子は、そう考える。  そう。  走れない季里子(あたし)は、別に必要ないのだ。  もとをただせば、季里子は小中学校の間、ずっと走っていた。  体育の授業は水泳よりも50メートル走の方が好きだった。  運動会のクラス対抗リレーでは、いつも男子を差し置いてアンカーになっていた。  中学校で陸上部に入ってからは、毎日走りっぱなしだった。 「あたしは、止まると死んじゃうんだ!」  冗談のように言って笑っていた。 ――まさか、死んじゃうから止まるとは。  いつものようにタイムを計ろうと思って、スタートを切った瞬間。  世界が暗くなった。  始めは、何がどうなったのか、わからなかった。  気がつくと倒れていて……  激しい痛み。  いや、痛みといっていいのだろうか、あの苦しみは。  暗い世界の中で、どうにか胸に手を当てることだけはできた。  気がつくと病院だった。  暗い部屋で、電子音が弱々しく響いている。  ……それが自分の心拍をあらわしているのに気がつくのには、少し時間がかかった。 「な……なによ、これ……?」  その後のことは、不思議なくらい、記憶がぼやけている。  たしか医者がやって来て、そっと告げたのだ。  自分の傍らでは、母親がひたすらに泣いていた。  何を告げられたのだっけ?  その日から、走ることができなくなった。  走ってきた季里子(あたし)は、走れなくなったのだ……