「十で神童、十五で才子、二十過ぎては只の人」 「才子、才に倒れる」 「天生麗質自ずから捨て難し」 「麒麟も老いては駑馬に劣る」  ……類はどうあれ、誰もが言葉を並び立てて称した。  6才で描いた「空」をモチーフにした一枚の絵が始まりだった。  線と色彩を組み合わせる、それだけで人は賞賛した。  ただ、思うがままに描いただけのその「空」を。 ……すごく嬉しい。でも、何か足りない。  それから何をしても失敗したことはなかった。  ピアノを弾けば作曲者のココロが指先に生まれる。  チェスでは一度としてチェックメイトされたことはなかった。  助っ人を頼まれたバスケの試合でチームを常に勝利に導いた。  結果はいつも同じ。  何でも出来ることがいつしか当たり前になっていた。  転機は不意に訪れた。  中学最後の全国陸上大会、短距離100m走。  忘れもしないあの日、俺は負けることを経験した。  いつも通り走って、誰よりも早くテープを切ってGOALする。  当たり前のことが当たり前ではなくなった。  今までの己を打ち負かした者がいた。  覚えのなかった高揚感が知らず知らず混み上げてきた。  人生は決してつまらなくなどない、そう思えた。  それなのに。  追いかけたフィールドにあいつはいなかった。  俺は戻った。  誰も届かない高みで唯一人在る「神童」という俺に―― 誰も俺を震わせない……決して二度と。